BACK |
刺環少女譚 |
MENU |
☆少女の柔らかい肌は、華美な宝玉の 枷で、残虐に飾り立てられていく…★ |
同時に、テニスのクラブが終わって、帰宅の途中、黒塗りの車がすっと近づいて来ると、中から降り立った男に、何か薬品の匂いがするハンケチをかがされたときのことが想い出された。 それから気を失い、目覚めてみたら、こんな格好にされていたというわけだ。 襲われたんだわ、あたし。……でも誰に? なぜ? 乱れる心を必死で鎮めようとしながら、陽子は、周囲を見渡した。 洋館の地下室といったたたずまいで、窓はなく、壁も床も錬瓦造りである。 中央に円卓があって、その上に、何に使用するのか、バーナーやハンマー、坊主タガネ、薬壜、ヤットコ、糸ノコ、ヤスリ、彫刻刀、その他様々な道具や容器が雑然と並べられている。 天丼からは、この如何にも殺風景な部屋におよそ不均合な豪華なシャンデリアが吊され、室内を煌々と照らし出していた。そして陽子の拘束された裸身はといえば、その光を浴びて、まるで可憐な百合の花のように輝いているのだった。 前髪を眉のうえまで垂らした卵形の顔はみるからに清純そうで、黒くキラキラ光る瞳や、少しつんとすましたような鼻、化粧を全然していないのにルージュを引いたような紅い唇、その全てが妖精のように愛らしい。 胸のふたつの青い果実は、ゴム鞠のように若々しい弾力を感じさせ、きゅつと括れたウエストからヒップヘ到る曲線には、少女から成熟した女へと向かう途上の一種危うげな官能美があった。 太腿の肉はほどよく締まっていて、その内側の付根で、ふるふると震えるような若草の茂みが、固い処女の蕾に仄かな翳りを落としている。 腕や、すらりと延びた二肢は健康的な小麦色だが、それはテニスをして灼けたものであって、それ以外の部分は雪のように白い。 その対照が、陽子の清純な裸身に不思義なエロティシズムを漂わせ、加えて唯一肌を覆っている白いソックスが、ひどく蠱惑的であった。 |
||||
しかし、当の陽子にしてみれば、恥しい格好で拘束されている汚辱と、これからどうなるのだろうという言い知れぬ不安に苛まれ、ただ打ち震えるばかりである。やがて、階段を降りて来る足音がしたと思うと、ひとりの初老の男が姿を現わした。手に宝石入れのような箱を持っている。 『やあ、お目覚めかね、お嬢さん』 男は、箱を円卓に置くと、痩せた蟷螂のような顔に微笑を浮かべ、陽子のすぐ近くへ歩み寄ってきた。 『あ、あなた誰?なぜ、あたしを、こんなめにあわせるの?こ、これをはずして。ここから出して家へ帰らせて』 あられもない格好を見つめられる恥しさに増して、恐怖があった。男は長い豊かな銀髪を手で掻きあげるようにしながら、限鏡の奥の金壺眼に暗い光を漲らせたまま、低い声で呟いた。 『まだ来たばかりじやないかね。しばらくゆっくりしていったっていいだろう。ん?』 甲に血管の浮いた毛深い手を、陽子のみどりの黒髪に延ばして来る。 『い、いや。触らないで!』 おぞましさに身を捩ろうとするが、身動き出来るものではない。 髪から艶やかな頸あたりを、男のざらざらした指が辿った。 『私は田所。理学博士だ』 『手、手をどけて』 あどけなさの残った顔を顰め、更に肩から鎖骨のうえを移動する指の気味悪い感触に耐えつつ叫ぶ陽子だったが、田所と名乗った男は頓着いない。 『春山陽子くんといったね。名前どうり春の陽光のように輝かしい肉体をしている』 人差指が胸の谷間をじわりじわりと降りてゆく不快さに身震いしながらも、陽子は、黒目勝ちの瞳を瞠った。 『なに、驚くことはないさ。生徒手帳を見ただけのことだよ。…ところで、君は、私のことを知ってるかな。ん?』 見たこともない相手だ。田所もまた、別に答えを期待する様子をみせるでもなく、乾いてささくれだった掌で、突然水密桃のような乳房を包み込んだ。 『あ、や、やめて』 陽子は、全身に鳥肌がたつような思いに捉われ、身悶えした。 悪態の皮膚病にでもかかっているようなざらざらした掌は、しかし、執拗に乳房を揉みしだき、こねくりまわすのを止めようとはしない。 『これでも理学博士としては、結構有名なんだが……。ま、世間から姿をくらまして長いこと経つし、高校生じゃ、知らないのも無理はないかな』 独り言のように呟きつつ、今度は、身を屈め、腎部に指を這わせてゆく。 『乳房もお尻も、理想的な形をしている。……ほう、こんなところにホクロがあるよ』 菊座から、ほんの一センチも離れていない部分の肌を、指先で強く押した。 『ゆ、許して。嬲らないで』 田所は構う事なく、点検でもするように陽子の躯の隅々まで指を這わせ嘗めるような視線を注ぐばかりだ。 |
||||
『お臍も縦長でなかなか格好がいい。お腹の起伏もなめらかだ』 そして若草の茂みを、左右へわかつようにすると、息がかかるほど顔を近づけた。 『ヒィッ!! いや……』 『ここの色あいなんか、実に素晴らしい。見事だ。……可愛らしい顔と均衡のとれた躯、それにこんなにもキメ細かい肌。君は、これ迄私が見たどの女よりも完璧な素材だよ』 田所が賛芙すればするほど、十七歳の処女の羞恥は一層掻きたてられ、陽子はトマトのように赤い顔を肩に埋めて呻いた。 『お願い。自由にして。こ、こんな恥しい格好、た、耐えられない……。服を、服を着せて下さい』 だが田所は、陽子の言葉には耳を貸そうともせず、円卓の上に置いた宝石入れのような箱の蓋をあけると、中から先ず、金線の宝冠スタイルのヘア・アクセサリーを取り出した。 『君の艶々した黒髪には、これが似合いそうだな』 『……?』 どういうことだかわからず、いぶかしげな表情を示す陽子を無視したまま、続いて小さな扇型の銀製ヘア・アクセサリーにダイヤカットの色石をあしらったものを手にした。 『それとも、こっちの方がいいかもしれん』 近づいてきて両方を交互に髪の毛へあてがい、思案顔で呟く。 『どっちもよく似合う。……ふむ、イヤリングやネックレスを先に決めてからにした方がよさそうだ』 箱の中から次々と真珠のネックレス、鎖の要にガラスの花をデザインしたネックレス、黒ビーズのバックポイントのネックレスなどが卓上に並べられてゆく。 それからオパールやヒスイ、サファイヤ、ルビーなどをはめこんだ指輪の類。様々なブレスレット、アームレデト、レッグ・アクセサリー、どこを飾るとも知れぬプロ−チのようなものが、取り出され、きらきらと輝くのだった。 それらの品々を目にして、陽子は、ただただ驚くばかりだった。 田所が、幾種類かのイヤリングを手にして、順ぐりに彼女の耳もとへ当てては、ひとりごちた。 『これじゃあ地味すぎる。これは、どうかな?』 『い、いったい、どういうつもりなの? お家に帰して!!』 ついにたまらず泣き出した陽子を、田所の視線が正面から捉えた. 『僕は君をこの世で一番美しい女性にしてあげようっていうんだよ、泣く事はないじゃないか。高価なアクセサリーをほどこして、誰よりも輝かしい存在にする、……それが目的だ』 『わ、わからないわ……』 羞恥は相変らずあったが、田所の瞳に狂気じみた光を見たように思い、陽子は、恐怖がいや増すのを覚えた。 『で、でも……アクセサリーをするのに、なんだって裸で、それも、こんな……こんな恥しい格好を……?』 『決まってるじゃないか。躯中を飾るためだよ。乳首や性器にピアスするのに、服は邪魔だろうが』 『ピ、ピアスって、まさか──』 陽子の顔がこわばった。 田所は、彼女が何を驚いているのかわからないといった表情で、言った。 『世界一綺麗になるためだ。肉にハリガネを通すくらい、どうってことないさ』 |
||||
|
||||
『お願い。恐ろしいことは考えないで…な、何でも言うとおりにします。だから肌を傷つけるのはやめて下さい。』 田所が、種々のアクセサリーをとっかえひっかえ、耳や首、手や脚、乳首や秘園、更には菊座にまで寄せては、装填するものを選っている間、陽子は必死になって哀願を続けた。 だが田所は、さも嘆かわしいといったように吐息をつき、呟くのだつた。 『肌を傷つける? 馬鹿なことを……。君も女だったら、もっと美しくなりたいだろう。より完全な美を体現する悦びを授けてあげようっていうんだ。素直に感激したら、どうだね』 本気で言っているらしいと知って、陽子は悲嘆にくれた。 それでも躰に穴をあけられるなどということは、想像のら埓外にあって、まだピンと来なかった。 (あたしが、そんな残酷な行為の犠牲者になる筈がないわ。そうよ。この男だって、実際にするんじゃなくて、真似ごとをして、そのつもりになるだけに決まってる……) 恐怖心を打ち消そうと、心で呟く。 しかし、ひと通りのアクセサリーを選び終えたのち、田所が、消毒液に浸した脱脂綿をピンセットでつまみ、耳朶へ押しあてたときは、身の毛がよだつ思いがした。 『ピンク色の可愛らしい耳だね』 こんな何げない言葉さえ、陽子の心臓を凍てつかせるほどに響いた。 『いや! いやよ! やめて!』 悲痛な声をあげる陽子の耳朶の端をぎゅっと引っばると、他方の手にしたホッチキス状のものをあてがった。 パシッ、鋭い音と共に、耳朶に穴があき、純金のリングが埋め込められてしまう。 『ヒィッ……』 痛みはほとんどなく、陽子は、耳に穴があいたという実感を抱けぬまま、声を失った. 血止めの役目も果たしているリングの間に細い針金が通される。 『うん。とても似合う。綺麗だ』 血のように紅い桜桃大の玉を金の鎖で下げたイアリングを取り付け終え、田所が感嘆の声をあげた。 耳のピアスなら、している女性は、いくらでもいる。──そう考えること以外、いまの陽子には、自らを慰撫する術がなかった。 が、そんな一時しのぎの慰めが、何になるだろう。 『今度は、ここを飾ってあげようね』 田所が指で乳首をぽんと弾いたのだ。 陽子は、可憐な唇をわななかせ、慄える声で再び哀願した。 『いやっ!! 許して、お願い。こんなところに、あ、穴をあけるなんて……く、狂ってる.あんまりよ』 田所は、一切無視して、一本の針を手に持った。 『耳のピアスは道具があるけど、ほかの部分はこいつで突き刺してからリングを埋めるしかない。ちょっと痛いけど、美しくなるためだ。我慢するんだね』 鋭い針が陽子にもたらした恐怖は、並大抵のものではなかった。 顔面を蒼白にし、半狂乱になって叫ぷ。 『お母様っ、助けて……いや、よして! 許してェ!』 『ちゃんと消毒をしてあげるから、平気だって』 消毒液に侵した脱脂綿で乳首と乳暈あたりを拭う。 続いてピンセットの先で乳首がきゅっと挟まれ、つまみあげられた。 『や、やめて。そ、そんな。誰か……あっ、──ヒイッ』 プスリ。針が右の乳首の付根を鋭く貰いたと思うと、穴をひろげるように、ぐりぐりと回転する。 『キイッ!! ヒッ、ギイッ』獣しみた悲鳴をあげながら陽子は、灼けつくような苦痛に半狂乱になってもがいた。 真紅の滴りが、白い肌を伝わる。 『これで綺麗になれるんだ。いい娘だから、大人しくして』 黒髪を振り乱し、激痛に歪んだ顔を左右に揺する度に先刻取り付けられたばかりのイアリングが大きく揺れた。 田所は、まるで神聖な義務を遂行しているとでもいうように生真面な顔つきで、針の端から小さな金のリングを通すと、ピンセットの先で、それを肉に埋め込む作業にとりかかった。 『純金だからね。む雑菌を防ぐことができる』 もちろん陽子には、こんな言葉が耳に入る筈もない。 ただ猛烈な痛みと、乳首に穴を穿たれてしまったという、耐え難い悲哀──というより、なんとも言えない空虚さ──に捉われ、悶え喘ぐばかりだ。 左の乳首の付根にも針が通され、金のリングが埋め込まれる。 それから、蝶の形をした銀いぶしのブローチが、その部分へ取りつけられた。 『可愛らしいよ、陽子くん。花の蕾に蝶がそっと羽根を休めてるといった風情だ』 田所が心底から賛美した。 鎖い痛みがズキズキした鈍い痛みへと変化してゆくのを感じながら、陽子は、双眸からポロポロと涙を流した。 『ひ、ひどい。……あ、あんまりよ。 ひどすぎるわ……』 |
||||
『別に泣く事なかろう。そりやあ少しは痛かったかも知れないけど…これで誰にも負けない美しい乳房になれたんだから』 実際、そう信じきっているこに疑いの余地がない、熱っぽい口調である。 『これから日をかけて、誰よりも美しい性殖器、この世で最も華麗なアヌス、優美な太腿、妖艶なふくらはぎ、気品に満ちた鼻に仕上げてあげる。世界一輝しい美の所有者へと変えていってあげるからね。いま現在の美しさを、もっともっと完全なものへ高めてあげるよ。……嬉しいだろ。ん?』 嬉しいわけがありませんと叫ぼうとして果たさなかった。 鳴咽に言葉を攫われてしまったのだ。 田所は、そんな陽子の気持など知らぬげに目を細くして、言った。 『とりあえず今日は、もう一ケ所、この部分を装飾して済ませようか』 若草の茂みに覆われた秘丘が、すっと撫であげられる。 (もう許して。これ以上傷つけないで!) 心で叫ぶが、鳴咽が止まず、言葉を発することができない。 『君は、若いから、手造りの良さってものが、まだわからんだろうが、いい機会だから、よく見ておきなさい』 田所ほ、円卓に向かうと、ヤニ台の上にバーナーでよくなました“愛奴陽子”と下絵の書かれた長方形の銅板をはりつけ、坊主タガネで打ちつけ始める。 『これに鎖をつけて君の最も愛くるしい部分から垂れ下げ様って訳だ…打ち出しっていう手法の細工だよ』 銅板の両端にヤスリをかけ、丸味を出してから、丸い輪切りのあて木にあてて、木づつで叩き、輪にしてゆく。 カツンン、カツンと銅板を叩く音が、陽子には、地獄の使者の足音のように聞こえた。 更に硫化加里のいぷし液に入れて黒くいぶしをかけたのち、布につけた重曹で表面をみがいてゆく。 その手際は、プロそこのけだった。 『私はね、鉱物の研究をしているうちに、先ず宝石の魅力にとりつかれた。それから、世界各国の女性が、宝石だけでなく、さまざまな金属や木、獣の皮やら七宝焼きやらで躯を飾って悦ぶ姿に感動するようになったんだ。……女とアクセサリー。これは、切っても切れない関係だよ。いや、正確に言えば、その肉体にふさわしいアクセサリーを身に帯びたとき、女は天使のようにう燦然と光り輝く。そのときこそ、如何なる芸術をも越えた“美”それ自体と化すのだ』 工作を続けながら田所は長広舌をふるったが、その声音は、狂信者特有の熱い興奮にうわずっていた。 『狂ってるわ! あなたは気狂いよ!』 『私は理学博士だよ』 しかし、田所は一向に傷ついた様子もなく、作業を終えると、彼女の花園の消毒を開始した。 『い、いや、恐い。怖い……いやよォ』 ぶるぶると肌を震わせ、必死で哀願する要子の秘丘へ、鋭く光る針の先端が近づいてゆく。 |
||||
失神してしまったのである。……気がついたとき、陽子は、耳から大粒の玉を垂らし、両乳房の頂きにイミテーションの蝶をとまらせ、股間を縫う銀の鎖の先端に″愛奴陽子゛と文字を刻んだ円環状の銅板を吊しているといった無鯵な肉体を、鏡に晒していた。 『よく、ごらん。……眩ゆいばかりに美しい肉体を』 田所が長方形の大鏡を手で支え、彼女の前にかざしているのだった。 『くっ、……ううっ……』 改めてわが身を目にして、陽子は、絶望に咽ぶばかりであった。 |
||||
地下室の愛奴 |
||||
時計もなければ、外の様子も見えないので、いったいどれくらいの時間が経過したのか、全然わからない。一週間か、一ケ月か、あるいは数日も経っていないのかもしれない。 とまれ陽子は、催眠剤を注射されて眠むるとき以外は、常に恥しい格好に拘束されて過さねばならなかった。 そして、額にはダイヤカットの色石をあしらった扇型のヘア・アクセサリーをピアスされ、頸に穿たれた穴から真珠のロングネックレスを垂らし、腕には鍵をデザインしたアームレット、膝頭のすぐ下に花柄のレッグ・アクセサリーを縫いつけられ、裸体を装身具の化物のように改造されてしまっていた。 そんなにまでされながらも、田所の手で口へ運はれる食物を嚥み下し、糞尿を床へ直接垂れ流す恥辱に歯を噴いしばって耐えたのは、逃げ出せば、まだどうにかなるという意識からだった。 もちろん最初のうちは、ピアスされた部分の疼きと、肉体に穴をあけられてしまったという絶望感のみに捉われて、嘆き苦しんだ。 しかし、時とともに、こう自らに言いきかすまうになったのだ。 (逃げ出しさえすれば、どうにかなる。整形手術で穴を塞ぎ、もとどうりにすることなんか簡単だわ。……そうよ、きっともとどうりにできるに決まっている) 有体に言って、心底確信があったわけではない。 そうでも思い込む以外、気が狂うのを防ぐ術がなかったのである。 田所は、ピアスしたあとが爛れたりしないよう、細心の注意を払っていた。 折をみては傷あとを消毒し、化膿止めの注射をして、肉に金のリングがしっかりと癒着したのを見届けてから、それぞれのアクセサリーを取りはずし不可能とすべく、更に細工を加えてゆくのだった。 (だいじょうぶ。いまの医学だったら、こんなもの、簡単に取り除けるわ……) 何度も何度も、陽子は心で呟いた。とにかくこの場を脱出せることだ。そうすれば、絶対に以前のまともな肉体を取り戻し得る筈だ。 逃亡の考えが煮つまるにつれて、陽子は、反抗的な態度を避け、無理に従順さを装うべく努力した。 『さあ、また新しいアクセサリーを付けてあげようね』 手で胸もとの蝶をゆらゆらと動かしながら言われたとき陽子は必死で哀しみに耐え微笑さえ浮かべてみせた。 『う、嬉しいわ。また、綺麗にしてくださるんですね』 積極的な言葉はこれが初めてだったので、田所は、一瞬驚ぎの表情を示し、続いて満面に笑みを浮かべた。 『……そうか、やつと自覚が出てきたか。躰を飾ってゆく悦びがわかるようになったのか!』 『あら、ま、前からわかってましたわ。……ただ、痛いのが辛かっただけです』 ともすれば泪声になりそうなのを押さえ、陽子はせいいっばいの媚を示した。 『だが、美しくなるためには──』 『ええ、苦痛も仕方ありません』 田所は、手をポンと合わせた。狂気の光をたたえた眼に満足げな色を浮かばせている。 『いや、初めてだ。君が初めてだよ。そんなふうに素直な言葉を口にしたのは。ほかの女たちは──、いや、ほかの女なんて、どうでもいい。君がわかってくれれば、それで十分だ』 陽子は、突破口を開くことに成功したと思った。 『でも、ひとつだけ、お願いがあります』 ここぞと口にする。 『なんだい。言ってごらん』 |
||||
ここから出して。家へ帰してという叫びを、どうにかこらえ、可能な限り平静な調子で言った。 『もう、こんなふうに手足を枷で固定するのは、許してくれませんか? こんな窮屈な格好だと、美しくなってゆく悦びも、半減されてしまいます』 田所の顔から笑みが消えた。眉根を寄せ、ひどく深刻な表情になる。 (言い方をまちがえたのかしら! もっと巧妙にやらなくちゃ、駄目だったのかしら!) 陽子は、胃がキュッと縮まるような思いがした。 田所は、たっぷり十秒間口を閉ざしたまま、何かしきりに考え込んでいる様子だったが、不意に陽子の瞳を見据え、尋ねた。 『まさか、逃げたりはしないだろうね。拘束を解いても、変な気を起こしたりはしないと約束できるかい?』 絶望的な気分が去り、一節の光明が差し込んで来た。 『そ、そんなこと、考えるわけありません。だって、……だって、そうでしょ。 こんなに美しくしてもらっておいて、恩をあだでかえす筈がないでしょ』 祈るような気持だった。 田所は、なおも不審そうな顔つきのまま、陽子の前を、二、三度往復してから、ぼそりと言った。 『いいだろう』 陽子は、顔中にピアスされている鯵めさも忘れ、一瞬、歓喜の焔が胸の奥底に燃えあがるのを感じた) (やっとチャンスを手に入れた! お家に帰れる……この狂人から逃がれるチャンスがきた!) しかし、田所が、その焔へ水を注ぐように付け加えた。 『ただし、これから鼻輪をつけて、アヌスにペンダントをピアスするが、その間は、まだ枷をはずすわけにゆかん。苦痛に耐えきれず暴れられるとやっかいだからな』 陽子は、またしても暗鬱とした心持になるのをどうすることもできなかった。 (もうこれ以上、穴をあけられるのは、いや。我慢できない……) そう思いながらま、これ迄のように、やめてくれと哀願することは控えねばならなかった。 少しでも抵抗を示したら、せっかく把んだチャンスを棒に振ってしまうだろう。拒絶は許されたいのだ。 先端の鋭く尖った部分が直角に内側へ向いている鋏に似た器具で鼻孔を貫かれるときの眩暈がするような激痛。それから金の鼻輪を取り付けられる屈辱に、陽子は、白い真珠のような歯を喰いしばり、必死に耐えた。 |
||||
菊座の括約筋に穴を穿たれ、鶏をデザインしたペンダントを吊り下げられるときも、ただただ脱出への希望のみにすがり、ひたすらこらえた。 だが、階段を昇りきったところにある扉には常に鍵が掛かっており、逃げ出す機会はなかなか訪れなかった。これまで円卓に置かれていた武器になりそうな道具はかたづけられてしまった。 そして田所はといえば、様々なアクセサリーを肉に嵌めこまれた陽子の全身を、何時間も指で撫でさすったり、薄く乾いた唇から妙に生生しく赤い舌を出して、金輪のついた陽子のピンク色に輝く乳首を砥めたり、茂みを剃り下されて可愛い顔を覗かせている木の芽を吸いあげるのが日課だった。陽子が少しでも嫌がったりすると、花びらを縫っている鎖に指をかけて強く動かし、苦痛を与えた。しかし、陽子にとって一番悲しい事は痛みよりも、この気狂い老人の汚ない舌によってしばしば甘い快感に溺れてしまう事だった。それはおぞましさと常に一体で、老人をうとましく思えば思う程、肉を突き抜けるような卑悦にのみ込まれた。 陽子は、いま、階段の一番上で息をひそめている。彼女の要求で地下室に置時計が据えられたので、田所が姿を現わす時間の、だいたいの見当がつくようになっており、そのときが追っていた。 彼女は、金属製の置時計を両手で抱えるようにしたまま、気配を殺し、壁際に立っている。 カチャリ。鍵のあく音がして、扉が開いた。 田所がやや前屈みに階段を降り始めると、その頭めがけて彼女は思いっきり置時計を振り降ろしたのだった。 『ぎゃあっ』 悲鳴とともに田所の躰が、階段をころがり落ちる。 (助かる。これで、助かるわ!) 陽子は『頸から垂れたネックレス、乳房にとまった蝶、花弁から吊らされた銅板細工、アヌスからぶら下がっているペンダント、鼻輪や派出なネックレスをちゃらちゃらと鳴らしながら出口を捜し求めて走った。 だが、地下室同様窓のない廊下には、出口らしきものが見あたらない。いや、どうやら、これ迄閉じ込められていたのは地下二階で、いまいるところも地下室であるらしいのだ。陽子は焦った。 (階段……、どこかに階段がある筈だわ) アクセサリーに色どられた裸身を必死で走らせる。 扉があった。 (鍵がかかっていませんように!) 祈りながらノッブをまわす。鍵はかかっておらず、扉は容易に開いた。 部星の反対側に階段がみえる。駆け寄ろうとしたとき、ぐにゃりとした物体につまづき彼女は床に横転した。 そして見た。半ば朽ちかけた人間の骨を。続いて木乃伊化した状態の屍体を。更に、乳房に木の葉のブローチをほどこされ、股間に鎖で留められた銅細工、アヌスにベンダント、耳にネックレス、鼻に金のリングをつけたまま、半ば腐爛した女の屍体を。 『きゃあああ』 喉の奥からしぼり出す陽子の悲鳴を追うかの如く、引きずるような足音が近づいてきた。 |
||||
-----------<了>----------- |