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小説拷問クラブシリーズ
美しき獲物


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吉川真理子は、始めて化粧をしてみた。20年間、素顔の自分を通し続けてきたのだが、秋風のように気まぐれな乙女心は、ちょっとしたアクシデントで変化する。

──今日はデートだもん……。

真理子は、一人クスンと笑った。約束の相手が若い男であれば、化粧するという心境にならなかったかも知れない。真理子のデートの相手は、銀髪の老人であった。

真理子は松山と名乗る写真家の老人に、モデルを依頼され、報酬の魅力と小さなアバンチュールの気持に負けて引き受けてしまったのである。



温厚な感じの老紳士は、2時間5万円で貴女の和服姿を撮らして欲しい、と、新宿の街で真理子に声をかけてきた。2日前の事である。真理子は、松山老人の瞳が、秋空のように涼んでいる事に信頼を置き、今日の夕方を指定したのであった。

──2時間で5万円か、悪くないわ。

決して小遣いに困っている真理子ではなかったが、それにしても学生の真理子にとって、5万円の現金は魅力がある。冬のスキー旅行もできるし、以前から欲しかったカミユの戯曲全集だって全巻、買える。

──でも、まさかヌードでは……。

そういう危惧が、真理子の頭をかすめない事もなかったが、相手は六十近い老人であるという死角が、真理子の不安を一緒した。

──ふふ、きれいになった……。

大学のトイレで化粧し終わった真理子は、自分の顔に女としての満足を憶えた“処女の素肌”が化粧によって、女らしいお色気をかもし出している。廊下に出た所で、友人達に冷やかされた。

『あら、どうしたの、真理』

『今日は凄くきれい。さては、固物の真理子にも、ついに恋人ができたな』

『ふふ、そんなんじゃないのよ』

真理子は楽しくなった。美しいと賞められて、嫌な気持に在る女性はいない。

真理子は、松山老人との約束の場所へ急ぐべく、校門前でタクシーを拾った。

それが地獄への道とは、夢にも想わない真理子であった。

松山老人は、いかにも若い女性が好みそうな、フランス風の小さな喫茶店で、静かにコーヒーを飲んでいた。

──あと十分か……。

間もなくやってくるであろう美しい獲物を想像すると、総山老人の胸は若者のように躍った。

素晴らしい獲物だな、と総山老人は思う。二日別にあの娘を見た印象が忘れられない。スンナリと伸び切った若い四肢、豊かで弾力がありそうな胸、あどけない頗……。

その全部を心いくまで虐め、いたぶる事ができる。髪の毛一本から皮膚の一細胞に至るまでその死活は自分の気分に委ねられる。

松山老人は、獲物を待っているこの時間が好きだ。あらゆる想像で、女体を責める楽しみがあるからだ。実現不可能な責め方も、想像するだけは自由である。

もっとも、この想像によって、松山老人は次々に新しい拷問具を考案してきた。空想と機械力が一致する時、そこには世にも恐ろしい責め道具が実現する……。

月一回の拷問ショウも、回を重ねる度にマンネリ化するのは当然である。ここらあたりで、強烈で新鮮な責め方を考えなければならない。それが観客に対するサービスであり、松山老人の義務であった。

──楽しい義務だな。

と松山老人は思う。表面的には観客の為であっても、終局的には自己の快楽に繋がるのだ。その上、責める方法は無根にあった。プレイとしての拷問ではなく、女体の破壊そのものを目的として、さしつかえない。すでに総山老人の行為は、趣味を超えて犯罪といえるものであった。

 時間きっかりに真理子は、きた。

『おじさまごめんなさい。待たれました?』

 美しき獲物は、ニッコリと首を傾けた。

『いや、私こそ無理なお願いをしてすみませんでしたな。さあ、行きましょう』

松山老人は腰を上げた。

真理子は領くと後に続く。その腕を、総山宅人は軽く掴んだ。あと数十分後に、この腕には自分の手の代りに、冷たい鉄の鎖が固定されるのだ……。

松山老人は満足そうに微笑した。




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信次の身体の下で美佐は呻いた。信次の動きにつれて、美佐の裸体は波のように躍り狂う。

『ああ……』

甘い呻きをくり返す美佐の表情を、信次は冷たい顔で見つめた。こんな可愛いい娘が、あの松山老人の一人娘とは、今になっても信じられない気持だ。動きを止めた信次に、美佐は濡れた目を向けた。

『ねえ……どうしたの……』

この娘は父親の二重生活を何も知らない。もし知れば、ショックで気を失うだろう。信次は全てを教えてやりたい誘惑にかられたがかろうじて自制した。

──まだ早い。美しい獲物は時間をかけて虐めるものだ……。

信次は遠くを眺める目つきになった。不気味な程、暗い憂いを帯びたその顔は決して松山宏人には見せた事のない表情であった。信次には秘密がある。松山老人に知れてはならない素顔を持っていた。それを隠すべく老人の忠実な部下となり切っている。信次の隠れたる目的であり、松山老人の唯一の人間らしい宝物は、信次の下で身体を波打たせていた。

『ねえ……』

美佐は甘い声で催促した。
始めて信次に身体を許して数カ月、すでに美佐の肉体は、女の喜びを知りつつあった。
突然、信次は美佐の乳房を強く噛んだ。

『痛あい……』 美佐は鼻声で抗議する。

信次は美佐の裸身を所構わず噛み始めた。痛がっていた美佐は、何時しか快感の呻きをあげていた。心よい愛咬が、痛感から歓喜のしびれへと変化していく。

全身を回っていた信次の歯と舌が、再び乳房へ戻ってきて、小さく尖った頂点を柔らかく責めた時、美佐は四肢をケイレンさせた。肉体が、内部から真赤に溶けていくような甘美な感覚に、思わず熱い噂ぎ声をたてる。

『ねえ……もう……許して……』

たまらなく在った美佐は、シーツを強く握りしめた。

信次は、無言で静かに立ち上がった。

『……どうしたの』

無表情のままの信次は、服のポケットから小さな針を取り出した。キラリと光るその針を美佐の目の前に突き出すと、低い声で、ささやいた。

『もっと楽しもう……』 美佐は驚いて目を見開いた。

『それ……針じゃないの』

『これで楽しむんだ』

『嫌よ、痛いわ』

信次は薄く笑うと、美佐の裸体をあおむけに横たえた。

『嫌。ヘンな事は、やめて。お願い……』

 美佐には、その針がプレイのためのだとは分かってもキラキラ光っていて気味が悪い。

 大丈夫だ、と信次は首を振って、その針で美佐の身体を刺激し始めた。

信次の指の針は、デリケートに動いた。チクリと感じても、美佐には我慢できぬ程の痛みではない。全身を柔らかく刺されている内に美佐の肌は熱く汗ばんできた。生まれて始めて経験する刺激に、美佐は何時しか身体を大きく波打たせていた。

『ああ……あッ……』

乳首の周辺を刺された時、美佐の感覚は快感をともなう電流を捕えた。もう、美佐には我慢ができなかった。甘美なその針は、執勒に柔肌を舐めつくす。

『ねえ……お願い……抱いて……』

信次は美佐の哀願に答えず、針を乳房から下へと、ずらしていく。敏感な場所を刺されて狂ったように四肢を突張り、甘い呻きをあげる美佐の痴態に、始めて信次の表情が変化した。信次は口を歪めた。

信次には自信があった。サドの権化みたいな松山老人の可愛いいこの一人娘を、マゾ的な倒錯性欲へと溺れさせていく自信が……。その教育の第一歩が、この針である。

信次の針は、若い女性の肉体を柔らかく愛撫し続けた。美佐は、突き上げてくる甘美な電流に全身を弄ばれ、狂ったような熱い喘ぎを、くり返していった。



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細い長い針が、眼の前で光った。

『何をするんですッ』

真理子は思わず悲鳴をあげた。不気味な不安が、縛られた全身を貫く。

松山老人は、ニコツと笑った。

『お嬢さん、何度も言っているように、どんなに暴れても無駄ですよ。その鎖はハンマーで叩いても切れない』

『あなたは騙したのね−』

キラキラ光る針の先を見ながら、松山老人は楽しそうに答えた。

『そういう訳です。だから、もうあきらめる事ですな』

『帰してッ。ここから出して下さい!』

『悪いが無理な相談です。このまま帰すには貰女は、あまりにも美しすざる……』

『ああ……』

真理子は心の底から後悔した。何故、この老人の後をついて来たのだろう。最初、この部産に案内された時、嫌な予感がした。何に使うのか、まったく分からない種々の道具、歯車が無数についた鉄のベッド、鋭角の長い台、天井から下がった何本もの鎖……。この不吉な臭いがする部屋から、すぐにでも飛び出せばよかったのだ。

あのジュースに薬が入っているとも知らず飲み干した真理子は、気が付いた時すでに今の状態で縛られていたのである。幸い、衣服はそのままだったが、両手足をベッドの四隅に鎖で固定されていた。

あおむけに横たわっている真理子の目の前で、再びキラリと針が光った。
真理子の身体は小刻みに震えた。自由がきかないだけに、何をされるのかと思うと、恐怖が潮のように全身を駈けめぐる。真理子は、今までの非難の口調をやめて、弱々しく哀願した。

『お願いします。何もしないで、ここから出して下さい』

『駄目ですな』 真理子は必死だった。

『約束します。誰にも、今日の事は話しません。だから、お願いですッ』

松山老人は目で笑った。

『貴女が話さないという保証は、何かありますかな』

『嘘は言いません!』

松山老人は針を見つめたまま、静かに言った。

『私は非合法に近い事をしている。秘密がバレるのが一番、怖い……』

『ああ……』 真理子は絶望的な溜息をついた。

『一体、私に何をしようと言うのです』

『ふふ……その内に分かってきます。さて、そろそろ、始めますかな……』

 長いハサミを取り出した松山老人は、静かに質問した。

『貴女は処女ですか』

『……』




顔をそむけた真理子に、松山老人はニヤリとすると、ハサミで衣服を切り刻み始めた。

ミニのワンピースが切り落とされた。

『や、やめて!』

松山老人は、黙ってハサミを動かす。スリップもストッキングも切られ、ブラジャーとパンティだけの、真理子の若々しい身体が露わにされた。

屈辱で真理子は悲鳴をあげた。

『やめて下さいッ。お願い!』

松山老人は答えず、乳房の谷間ヘハサミを入れ、プツンとブラジャーを切り落とした。

『ああ……』

年頃になってから、親にも友人にも見せた事のない、真理子の形よく盛り上がった双の乳房が、明りの中で震わにされた。

『ふむ……』

満足そうに、松山老人は独り頷く。何時見ても若い女佐の弾力に富んだ乳房は、きれいだ。そっと両の手で掴むと、固いゴムマリのような感触が伝わってくる。真理子は縛られている身体を振って激しく抵抗してきた。

松山老人はニヤリとすると、先程の質問をくり返した。

『貴女は処女ですか?』

『答える必要はありません』 真理子は顔を、そむけて叫ぶ。

『ほう……では答えやすいようにしてあげましょうか……』

松山老人は、小さな細い針を真理子の乳房の谷間に触れた。

『あッ……な、何をッ』 不安で真理子は目を見開いた。

ふふ、と笑って、松山老人は針を押す。

『痛いッ』

『痛い筈です。五ミリ刺さっただけで、この痛さだったら、二センチも中へはいったら、どうなりますかな……』

グイと松山老人は針を押した。

『ギヤッ』

一瞬、真理子は悲鳴をあげた。自分の肉体がキューンと縮む程の鋭い痛みが、そこから走った。

松山老人は、刺さったままの針を、ぐるりと回した。

『アッ……痛う!』 激痛が、真理子の全身を駈ける。

松山老人は、優しい口調で問いかけた。

『さて三度、聞きます。貴女は処女ですか』

真理子は夢中で領いた。黙っていると、これ以上、何をされるか分からない。

松山老人は満足そうに微笑んだ。

『よろしい……』

やっと針を抜いた松山老人は、壁のブザーを押した。

頭を下げて、信次が入ってくる。

松山老人は、不機嫌そうに目を光らせた。

『何処へ行っていた? 先程から呼んでいるというのに』

『申し訳ありません。お嬢様に頼まれて、買物のお供でデパートまで……』

松山老人の顔色が変わった。

『馬鹿! 美佐に近づいちゃいかん。あれは何も知らない。信次、君は私の書生だ。家の方は何もしなくていい。こちらだけを手伝ってくれればいいのだ』

『はい……』 信次は、素直に頭を下げた。

『おや、新しい娘ですか』 信次は、可憐な娘が縛られているベッドに近づいた。

『きれいな身体ですねえ……。責めがいがありそうだ』

松山老人の機嫌は、すぐに直った。

『そうだろう。やっと見つけてきた』




『前の順子より、きれいだな』 信次に褒められると、松山老人の顔は子供のようにゆるんだ。

『女子大生だ』

『今日から責めるんですか』

『ふむ、それを考えているんだ。次のショーまで三週間以上もある。最後の一週間を本格的な教育にあてて、それまでの二週間は、どのようにするか悩んでいる』

 楽しく、素晴らしい悩みである。

 ふと、信次は進言した。

『神経的な拷問は、どうです』

『神経的……』

『ええ、外的な苦痛は与えず、神経のみを責める……』

『ふむ』

松山老人は目を閉じた。その頭の中には、すでに神経拷問の地獄絵が描かれていた。

『よし、明日から、やろう。今日中に準備しておいてくれ』

『どういう方法の……』

『何時か話さなかったかな』

総山老人は、壁に設置された本棚の中からノートを取り出した。

『この中に書いてある。<赤い部屋>という私が考案した拷問部屋だ。作るのが大変かも知れないが、なるべくノート通り忠実に再現してくれ給え』

『はい』

突然、黙って二人の会話を聞いていた真理子が叫んだ。

『お願いッ。ここから出して下さい。早く帰して下さいッ』

その目は恐怖で大きく見開かれている。真理子は不安で震えていた。この男達は自分に何をしようとするのか……。<拷問>という言葉が、さっきから、何度も耳に飛び込む。<拷問>とは、何かを白状させるために、体を痛めつける事ではないか……。

『私は何も悪い事はしていません。だから黙って帰して下さいッ』

松山老人は、薄く笑った。

『お嬢さん、私はうるさいのが大嫌いです。静かにして貰えませんかな』

『帰してえッ』 真理子は絶叫した。

松山老人の瞳が、キラリと光った。

『信次、少しうるさいな……。黙らしてやりなさい』

『口枷を使いますか』

『いや、あれは後でいい……』

松山老人は、半裸で悶えている真理子を冷たく眺めた。信次には、今の松山老人が何を考えているのか、よく分かる。

『乳房……ですか』

松山老人は、乳房に対する責めが、特に好きである。

『ふむ、乳房圧迫器にかけて、その先に重しでも下げてみよう』

信次は頷くと、ベッド操件のボタンを押した。不気味な電動の音とともに、ベッドが傾き始めた。
真理子は、いいようのない不安と恐怖に悲鳴をあげた。ベッドが大きく反転して、さかさまになったからである。
真理子の身体は、下を向いて天井に縛られたような状態になった。手足の先をベッドの隅に固定されているので、真理子の頭、胸、腰が自らの重みで宙に浮き、ベッドと背中は半円を描いて空間を作った。

『ふむ……』




松山老人は満足そうに唸った。このベッドは数十程の歯車を内蔵しているため、どのような角度へでも動く。一年間程、考案して製作したものである。重症精神病患者用にという病院の院長である松山老人の注文に機械メーカーは何の疑問もなく作ってくれた。

そのベッドが松山老人の意のままに、美しい獲物を固定したまま、宙に浮いた。真理子の乳房は、ブルンと垂直に下がった。

『ウウッ……』

真理子は苦痛の悲鳴をあげた。両の手首と足首に、全身の重圧が激しくかかってきたのである。

信次は針金の輪を二つ持ってくると、真理子の垂れ下がった双の乳房に、静かに固定した。

『な、何をするのッ。やめて!』

乳房の根元に冷たく、はめ込まれたその針金を見て、真理子の不安は増した。信次は無表情に、その輪を締めた。







『ギヤッ』 肉がちぎれるような激痛に、真理子は悲鳴をあげた。

信次は構わずその輪を縮め続ける。その円の直経が5pになった時、真理子の全身から油汗が噴き出した。

『ギヤッー』真理子は身体をケイレンさせた。

乳房がねじ切られ、心臓が飛び出すのではないかと思う程の苦痛が襲った。

針金の輪が4pになった時、豊かな真理子の乳房は根元から大きくくびれて、野球のボール程のきれいな円を描いた。そのデールは紫色に充血している。

『グヮアッ!』




獣のような悲境が真理子の形よい唇から洩れた。地獄の苦痛に真理子の全身はピクピクとケイレンを繰り返す。彼女の本能は、この苦痛から逃げ出す唯一の道として失神を誘った。真理子の意識は、スッと地の底に引き込まれそうになった。が、非情な注射によって、真理子は現実の地獄へと再び引き戻された。

『ギヤアッ……』 血が逆流するような苦痛が、真理子の神経を再び責め始める。

全身から噴き出した油汗を、したたらせる真理子の耳に松山老人の声が聞こえてきた。

『重しをつけてみよう……』

真理子の乳房を強力に締めつけている針金の先に、鉄の固りが結びつけられた。信次が手を放すと、双の乳房から下がったその重しは、プランと重圧をかけてくる。

『ギヤアッ』 真理子は銃い絶叫をあげた。

圧縮され、きれいな円を描いた紫色の乳房が鉄の重みによって不気味に歪む。米泣程の小さかった双の乳首が、血液の圧力によって異様に大きくとび出した。松山老人は、下がっている鉄の固りを軽く引っ張った。

『ウグァッ!』、真理子の口から、異様な叫び声と、黄色い液体が飛び出した。

松山老人が、もう一つの鉄の固りを結びつけた時、真理子の乳首から真赤な血液が、したたり落ちた。真理子の感覚は、ズタズタに切り裂かれ、再び地の底へと意識が落ち込んでいった。



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『注射を打ちますか?』と口を開きかけた信次は、ふと言葉を飲み込んだ。

松山老人は、ソファに深々と坐り目を閉じていたからである。こういう状態の時に話しかければ、松山老人は横嫌が悪い。それを承知している忠実な部下である信次は、静かにその場を辞した。松山老人は、信次が立ち去ると薄く目を開けた。興奮のあとの何時もの虚脱感が、松山老人の胸の中で重く沈んでいる。松山老人は、ぼんやりと拷問室を眺め回した。あらゆる性能を秘めた種々の拷問具、複雑なメカニックを内蔵するベッド、椅子、台そしてベッドに死骸のように下がっている若い娘の身体……。何時も見慣れている風景である。が、今日の松山老人には、全てが空しく見えた。

──私も疲れたのかな……。

と松山老人は思う。こういう事を始めて、すでに三年近くの時が経っている。女体拷問に明け暮れたこの三年は、興奮と刺激のくり返しであった。異常な倒錯性欲のために松山老人の髪の色は、完全なる銀髪に変化していた。精神と感情の移り変わりとともに、肉体的変化も生じていたのである。非合法的な快楽という禁断の果実を食べた松山老人の人格は、すでに正常には戻り得なくなっていた。

──何時頃から私は……。

松山老人は、宙を眺める目つきになったゃ始めてサドの世界を垣間見た時の事が、走馬灯のように頭の中を駈けめぐつた。

悪妻は男の人生を変える。松山老人の場合が、それであった。結婚して一年も経つと、気の強い妻は、その性格を惜しみなく松山老人に押しっけていった。子供が生まれると妻はすでに他人になりつつあった。恩師の娘というだけが取得の、この嫌悪すべき動物は、デリケートな夫の感情を、まるで、省る事なく横暴を極めた。当然、夜の生活に於いても主導権を握られ、何時しか、松山老人は不能への道を歩んでいた。

そういう時であった。偶然の機会に、西洋の宗教裁判、魔女狩りの生々しい記録を読んだのは……。
針責め、木馬責め、指潰し、火貴め……等の残酷極まる拷問の描写場面に、松山老人は体内め血が異様に騒ぐのを憶えた。それは、倒錯した性欲となって松山老人を興奮させるのに充分な刺激であった。が、その性欲を収め得る唯一の妻は、すでに別居していた。

普通、空想は頭の中だけで終わるものだが松山老人の場合は違っていた。どうにも収まらない悶々とした性欲と妻への憎悪が、彼の神経を、むしばんでいた。松山老人は、拷問場面を再現したいという強烈な欲求を、自己の職業上の場に於いて可能にしてみたのである。

松山老人は精神病院を経営していた。院長として、自ら外科手術を執刀する事もある。松山老人は、ある日、患者の脳障害神経除去という手術を麻酔なしで執行したのである。若い女の患者が、頭を切り刻まれ、この世のものとは思えない苦痛の絶叫をあげた時、松山宅人の性的興奮は最高に達していた。それは、生まれて始めて経験する異常な快楽のし掛れだった。その日が、サドヘの転落の第一歩となったのである。

それから十数年が経った時、松山老人は自宅の増築を口実に、家族に秘密で、この部屋を含めた広大な地下室を建造したのだった。重病患者用の特別室という事で、工事関係者は少しも疑わなかった。そこには、サドの快楽のために、あらゆる拷問具と資料が取り揃えられた。金にあかせて古道具屋を買いあさったのである。

その内に、松山老人は自己の快楽を他人にも分かち与える事を考えた。そこに、秘密を前提として、金銭と信頼を仲介にした『拷問クラブ』が生まれたのである。

ウウ……と真理子の唸る声で、松山老人は現実に戻った。松山老人は機嫌が悪くなった。後悔じみた回想にふけっていた自分に腹が立ったからである。──私は後悔なんかせんぞ…… 自分にそう言い聞かせた松山老人は立ち上がった。真理子は意識が戻って、再び襲ってきた苦痛に吐きそうになった。その耳に、地獄の使者のような松山老人の言葉が遠く聞こえた。

『今の責めは、まだ遊び程度だ。明日からはもっと非道くなる。覚悟していなさい。明日は<赤い部屋>に貴女は入れられる……』

『ウウ……』

絶望と苦痛に、真理子の長いマツゲの下から涙が、こぼれ落ちた。



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普通のベッドがある、小さな部屋に入れられても、真理子は一睡もできなかった。手足も自由にされ、食物と温い毛布が与えられたが、先程の強烈な地獄絵がデリケートな乙女心に大きなショックを与えていた。
責めさいなまれた双の乳房に、そっと手を触れると、飛び上がるように痛い。乳房の根元には、真赤な線の跡が生々しく残っていてなおも激痛を送っていた。私は、どうなるのだろう……。真暗い不安が真理子の頭を襲う。明日からも自分は虐められるのらしい。理由もなく、本当に何の理由もなく責められる……。──ああ!絶望で気が狂いそうになる。

『助けて!』

思わず真理子は叫んだが、その声は空しく壁に吸い込まれるだけである。頭をかかえて床にうずくまった真理子は、ふと激しい尿意に気づいた。緊張の連続で忘れていたものが自由になった状態で排尿の欲求を引き起こしたのらしい。部屋の中を見回したが、もちろん、その設備はない。床にしゃがむ事は処女のプライドが許さない。
我慢できなくなった真理子は扉を叩いた。意外にも早く、扉は開いた。信次が顔を出した。先刻から隣の部屋で詰めていたのらしい。

『何か用があるのか?』

『あのう……』

若い男性に尿意を告げる事は、真理子にできそうもない。羞かしそうに、もじもじしていると、信次は分かってくれたらしく、小さく聞いた。

『トイレか?』 真理子は夢中で頷いた。

信次は扉を閃けると、素直に真理子をトイレまで案内してくれた。真理子は、はっとした。それを口実に、何か責められるのではないかと心配していたのである。

──ヘンなトイレ……。

真理子は、また不安になった。ここだ、とドアを開けてくれた所には便器はなく、ただ階段があった。

『……?』

『上だ』 信次は、そう言うとドアを閉めた。

もう耐えられなくなっていた真理子は、仕方なく階段を登った。与えられている衣服は小さなパンティ一枚だったので、目の下が気になったが、信次はすでにいない。階段を上がった所に、トイレがあった。真理子の想像に反して、きれいな場所である。安心した真理子は、パンティを急いで、ずらすと白い便器に跨がった。

『キャッ』

次の瞬間、真理子は悲鳴をあげて飛び上がった。便器の底に、人がいたのである。が、それは真理子の思い違いであった。浅い便器の底一面に、鏡が張りつけてあると分かったのは、その後である。

『ああッ』

意地悪い仕掛けに真理子は慄然となった。しかし、もう尿意は眼界まで、きていた。真理子は涙ぐみながら、しつかりと自を閉じてその上に跨がった。屈辱で気が遠くなりそうだった。しかし、真理子はこのトイレの真の意味を知らない。もし気がつけば、処女の羞恥で失神する程のショックを受けるだろう。

便器の底に張りついている鏡は、実はマジックミラーである。裏から見れば、素通しのガラスとなっている。階段を登った高い所にあるこのトイレの下は、小さな部屋になっていた。その部屋の天井が、そのガラスであった。下から覗く者にとって、上の便器に跨がる女性の下腹部は全くの無防備のままで、心いくまで見る事ができる。

松山老人が設計した部屋だが、すでに松山老人の趣向は、この程度の刺激では満足し得なくなっていた。それ故、最初の犠性者に使用しただけで後は打ち捨てている。信次は違っていた。彼は松山老人に比べてあまりにも若く、その神経も、まだむいばまれてはいない。




信次は並の若者のように、女性の秘密の場所を見たいという欲求を健全なものとしてまだ持ち合わしていた。
ジッと上を見つめている信次の目に、白い液体が映った。ジャッと音がして、それは直ぐに水で流された。一応は水洗式である。立ち上がった真理子の白いパンティを見て信次は外へ出た。ドアを開けると、真理子が胸を両手で押さえて出てきた。どうもすみません、と頭を下げる。そのあどけない美しい顔を見ていると、信次の頭の中に、二年前までは美しかった清純な恋人の顔が想い出されてくる。明子というその処女のままだった恋人は、今は、この病院の鉄格子の中で狂態を示している……。

──明子……。

信次は胸の中で、自分のたった一つの宝物であった恋人の名を叫んだ。

──明子、待ってくれ、もうすぐだ。もうすぐ君の仇を……。

信次の計画は、少しずつ進行していた。自分でも恐ろしくなる程の残酷な計画が……。

明子の事を想うと、信次の胸の中は』あらゆる憎悪の感情で煮え滾った。自分と自分の素晴らしい宝物であった明子の人生を、ズタズタに引き裂いた人物に対して、信次の胸の中はドロドロに燃え上がる。

──しかし、もっと、しつかりしなければならない……。

信次は恐れていた。自分の中に倒錯性欲の芽が、激しい勢いで伸びていくのを恐れていた。ミイラ取りがミイラになる悲劇を恐れていた。そのミイラは信次にとって、非常に魅力ある禁断の果実であったからである。

『あのう……』 真理子の声で、信次は現実に戻った。

『あのう、どうしても私はここから出られないのでしょうか……』

 恐怖と不安の色をその日に浮かべて真理子は恐る恐る聞いた。

『ああ』

『いつまで、こんな所に閉じ込めて置かれるんですか』

真理子は必死な態度で信次を見た。すでに、信次は松山老人の忠実な部下に戻って.いた。自分の感情、気持は極力、抑えなければならない。

『ここには、あと四週間だ』 信次は横を向いて答えた。

『四週間も!』 暗い絶望の色が真理子の表情を横切った。

『そのあとは……私、どうなるのです』

『そのあとは……』

信次は言葉を切った。この美しい生賛に非情な運命を教えていいものかどうか……。

『そのあとは……精神病院での暮しが待っている……』

『精神病院!』 真理子は悲鳴をあげた。

『ど、どうして私が精禅病院へ!』

『その訳は、明日から判ってくる……。さあ早く寝たまえ。寝てないと、明日は余計に苦しむ事になる……』

『明日……』

『そうだ。明日から君は眠れない。いや、寝かせない』

真理子は、再び新たな恐怖で震えた。この人達は何をしようとしているのか……。突然、姿の分からない不安に、耐えられなく在った真理子は叫んだ。

『嫌!もう嫌!』

『うるさい。静かにしないか』

真理子は狂ったように暴れ始めた。じつとしておれない戦慄が全身を走る。




信次は拷問を治める前の、あの無表情な顔つきになると、ポケットから万年筆のような物を取り出した。
無言で、それを真理子の腕に触れる。


『ギヤッ』

一瞬、真理子は身体を突っ張った。強力な電気が全身を襲ったのである。心臓が波立ち膝が震えて真理子は、しやがみ込んでしまった。

『分かっただろう。ここでは君は絶対、服従の身だ……』

眼をカツと見開いたままの真理子は、急にズルズルと床に伏すと、子供みたいに声をあげて泣き始めた。
─お母様、助けてえッ。真理子は恐ろしかった。この地獄にいる自分に気づき心臓が潰れる程、恐ろしかった。
真理子は大声で泣き喚いた。捕えられてから今までの異常な経験の恐怖が、堰を切ったように溢れ出た。
信次は、うるさそうに首を振ると、電気の棒を真理子の身体に押しっけた。そこは、虐められ痛められた白い乳房の先端であった。

『ギヤアーッ』

真理子は心臓が掴み出される程のショックで一声、鋭い絶叫をあげると、失神してしまった。吉川真理子という、この美しき獲物は翌日から地獄の底を歩かされた。真理子にとって<赤い部屋>という精神拷問は想像を絶する恐怖と苦痛に満ちた地獄の釜だったのである。赤い部屋──その名の通り、その拷問の第一歩は、真理子の体内の真赤な血潮の採集から始まった……。




──(この章・終)──








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