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残酷 ショートショート 密航者は殺せ |
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「それが、ひどいったらないのよ。私の友達は、ネコ科の肉食獣のエサにされたわ。逃げようとした彼女を、あっさり押さえ、足の先でコロコロ転がし、さんざんオモチャにしたあげく、鋭い爪でバリバリお腹を引き裂いてキイキイ悲鳴をあげるのもかまわず、ガブリと……。まっさきに喰いついたところをみると、はらわたが、いちばんおいしいのね、きっと。おなかがガランドウになっても、彼女まだ死にきれずにもがいていたわ。結局、頭と四肢の先だけをのこし、むさぼり食われたの。密航者は殺せ、なのよ」 あまりの事に声もでなかったが、この話は事実で、私はその後、何度も仲間の最期を見なくてはならなかった。 船底の一室のオリに、チョロがとじこめられ、必死でぬけでようとするが、格子の隙間はせまく、とうてい、出られそうもない。 「どうしたの?」 「やられちゃったわ。放置された食物に注意してよ。あたし、食いしんぼうで、がまんできなかったの。大好物のチーズをとろうと近づいたら、とたん床がバタンとひらいて、あっと云うまにオリの中に落下。床は、すぐはねかえって天井に早替りよ。出られるスキはないし、あたし、もうだめね」 「気の毒だけど、どうしようもないわ」 「まさか、オリごと焼き殺されるんじゃないでしょうね。そんなことしたら、あたしの恨みとして、臭いをいっぱいに残してやるわ。以後、仲間が罠にかからないように」 船員が入ってきたので、わたしは隅にかくれた。 オリを運びだした冷酷な船員たちはロープで舷側から海中へ吊りおろす。火焙りではなかった。その代り溺死させるつもりなのだ。 オリはズブズブと沈み、とじこめられた哀れなチョロは、いかにもがこうと、ぬけでるすべはなく、やがて窒息の痙れんと死が…… 「もうオダブツだぜ」 「もろいもんさ」 オリを吊り上げ、フタをひらくと、完全に水ぶくれになったチョロの死体が、甲板上にころがった。船員の高笑いが聞こえてくる。 ○ 犠牲者は、これだけではない。或る日、わたしは、平たい台の上の食物をいただこうとしているキョロに気づき、注意した。 「ダメよ。ワナかもしれないわ」 「新米のくせに余計なお世話よ。あたいが先に見つけたんだから、あたいのものよ」 さっと引っさらおうとしたとたん……。 「バタン! キュウ……」 こっけい、と云っては悪いが、そんな悲鳴が轟音と同時にあがる。 哀れ、スタイル自慢のキョロは、天井から舞いおりた太いコの字型の鉄棒で、胸部を完全に、殆ど両断されんばかりに押しっぶされて、即死していた。口から少量の血汐が流れているだけ。苦痛も恐怖も、一瞬であったのが、せめてものことか。 あわてて逃げだしたわたしは、フラフラになった仲間のコロと鉢あわせした。 「コロちゃん、いったい、どうしたの?」 声をかけた時、もうコロは床にくずれ、のたうちまわっている。これこそ七転八倒というのか、断末魔のもがき。 「ドクよ。ドクを食べちゃった。ああッ、苦しい…胃が焼ける。なんとか、たす…けーて。もう…シ、ヌ、ウ…」 コトッ! 頭を落とし二度と動かない。愛くるしいコロの、あまりにもあっけない死。 彼女の死体は、マストから逆吊りにされ、海鳥のついばむままになっていた。おそらくみせしめのためだろう。 ○ 船員はわたしたちを何と思っているのか。もちろん好ましい存在ではないだろうが、目の仇にしなくてもよさそうなもの或は、かわいがってくれるかとも思ったのに。 不用意にも甲板に姿をあらわしたクリ子の如きは、乱暴にも鉄砲で、それこそズドンと一発のもとに片づけられ、もろくも死体を晒した。弾は頭部に命中、クビを殆どふっとばしており、いちめんに散った血しぶきは、バケツ一杯の海水で軽く洗い流し、死体は海中に蹴おとされてしまった。 ○ 船は、ようやく目的地についた。こんな恐ろしいところは、一刻も早く逃げださなくては。だが出口は、完全にとざされていた。 「どうしたんでしょう」 「あたしたちも、殺られるらしいわ」 「エンギのわるいこと、いわないでよ」 「でも、人影は消えたし、なんだか不吉な予感がするのよ。あっ、煙が!」 「火事なの?」 「いえ、違うわ。あッ、わかった。毒ガスだわ。一息、吸ったらイチコロよ」 部屋の隅から、もうもうとわきでた煙は、たちまち充満する。わたしたちは四方にのがれ、かなわぬことと知りながら、ぜめての望みを求めたが……。 いろいろ親切に教えてくれた、ベテランのコマ子も、死体となってしまった。けんめいに呼吸をとめるのも空しく、こらえきれず短く吸ってしまう。鋭い痛みが気管から肺へ走る。目がクラクラとし、足がよろめく。もう目も見えない。死ぬ、死ぬのだ。お母さん、姉妹たち、わたしは殺される。ああ、密航などしなければよかった。たす……け……。 ○ 「ひい、ふう、みい、よう。これだけです」 「航海中、処分したのを加えると十五か。もっと注意しなくては、だめだ」 「アイアイサー。今度は絶対にのせないようにいたします」 甲板には四個の死体が晒され士官と船員はこれらを足でころがしたり軽くふんづけたりしながら話しつづける。 「だが、考えてみれば哀れな話だ。今年は、こいつらネズミのとしだというのにな」 「アイアイサー」 |
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――(おわり)―― |